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私はキリスト教徒生徒会にも関わっていました。私は共通面が多いことから、非キリスト教徒よりかはキリスト教徒の友達を持つことをいつも優先していました。また、キリスト教徒の女友達が多いながらも、神を意識した生活に対する意見の相違(デート、飲酒、夜遊び等)から、親近性が欠けていることを気にしていました。ナイトクラブやバーへの誘いを断る度に、私に何か問題があるのか聞かれたり、嘲笑されたりしていました。それはとても傷つきました。





ある日、私は何人かのムスリム姉妹たちと出会い、即座にそれまでに感じたことのなかった親密さを彼女らに感じました。私自身と同様、彼女らはデート、口汚い言葉、飲酒を始めとする、数多くの不道徳に手を出すことはありませんでした。とても多くの物事に同意することの出来る人々と出会えたことに、素晴らしい気分になりました。私は自分自身のような人物がこの地球上にいたということに驚きました。それまでその存在には全く気付かなかったのです。





それはムスリムが私の関心を引いた二度目であったことから、私は最低でもイスラームについて調べるべきだと決意し、モスクに電話して見学させてもらうことにしました。そこでクルアーンの写本を贈呈されたため、私はそれを読み始めました。私の焦点は、少しずつキリスト教からイスラームへと移り変わっていきました。まず始めに日曜学校で「救世主としてのキリスト」クラスで教えることを止め、道徳クラスに切り替えました。しかし、私がキリスト教徒の模範であることを期待する子供たちとその親たちに対し、自分が偽善者であるかのように感じたため、彼らの目を見て教えることが出来なくなってしまいました。





次に、礼拝中、私が日曜学校を教えることを止め、日曜日には別の教会へ行って教会形成論について学ぶよう神が私を導いてくれていることを感じ取りました。教会形成論とは、たとえば2つの教会が同じ通りにあった場合、なぜ一方には50人のメンバーがいて、もう一方には5,000人いるのか、といったようなことを学ぶものです。当時の私はそれについて学ぶことが全く意味あるものとは思えませんでしたが、神がそれを強く勧めているような気がしました。私はそれまでに、もしも神がある方向に人を導いていて、それが自分の本能や欲望によるものでないことが確かなら、最善の人生のためにはそれに従うべきだということを学んでいました。私は過去に神の導きを無視したことから、非常に多くの失敗を経験していました。





私は自分のキリスト教徒の家族と友人を裏切っていると感じていたため、ムスリムの女友達も含め、誰ともイスラームについて話し合いませんでした。私自身の決断には、いかなる外部の重圧も加えられたくはなかったからです。徐々に、自分自身でも気付かない内に、私の信仰はキリスト教からイスラームへと変わりつつありました。キリスト教は私の人生の基盤そのものであったため、その転換は早いものでも簡単なものでもありませんでしたが、変革は起きたのです。





ある日学校で、「放課後はどんなことを楽しんでいるの」とムスリムの友人が尋ねてきました。彼女に、私の好きな活動は日曜学校で教えることだと言いました。彼女は私がどこで教えているのか聞いてきたので、私はどこでも教えていないと答えました。もしそれが好きな活動なら、どうしてそれをしていないのかと彼女は言いました。そのとき、私は自分で気が付かない内に変革が起きていることを認識しました。私は日曜学校ではもう決して教えたりはしないことを確信していました。なぜなら、私はもうキリスト教徒ではない代わりに、多分、恐らく、ムスリムだったからです。私の信仰は確かにイスラームだったのです。そのことを認めることは最も難しいことの一つでした。私は恐らく、内心ではやがてキリスト教に戻り、より楽な人生を歩むことを求めていたのかもしれません。でもそうはならなかったのです。それゆえ、私はゆっくりと、私がキリスト教をもう信じていないことを、自分でも驚きながら、かつ悲しさとともに彼女に言いました。それらの言葉を発するのはとても難しいことでした。彼女はその理由を聞いたため、私は聖書ではなくクルアーンを読んでいること、そしてその内容を信じていることを話しました。「じゃあ、あなたはムスリムなの?」と彼女は問いました。「人がムスリムとして定義される基準が私には分からないわ。」と私は言いました。彼女は私の信仰について色々な質問をし、私はムスリムであると言い、後はただ正式に改宗をするだけだと言いました。改宗するにはどうすればいいのかと聞いた私に、彼女は「私の言うことを復唱するだけでいいのよ」と言い、私はそうしました。こうして、私はわずか数分の内に、自分の中におけるキリスト教の死と、イスラームの誕生を経験しました。 言うまでもなく、その瞬間は私の脳内に永久に刻み込まれています。インシャー・アッラー(神がそうお望みであれば)。





私はとても興奮していましたし、自分の考えていたことが現実に起きたということを肌で実感しなければなりませんでした。私はそれが(ムスリムとキリスト教徒の間を行ったり来たりするような)煮え切らない決断になってしまうようなことを望まなかったため、ムスリムであることはどういうことなのかを正確に知り、自分がムスリムであるということを実感するため、4人のイマームと予定を入れました。





その後、私は自分が正しかったのだということを確信しました。私は人生の中で探し求め続けていたものを見つけ、正しい場所にたどり着いたのだという安心感を得ました。私はたびたび、自分が元々ムスリムだったのではないかと思う程ですが、神は私がキリスト教徒の環境に生まれ育ち、ムスリムとして生まれ育った人々とは可也違った角度で神に奉仕することをお望みになったのではないかと思います。私にはムスリムの兄弟姉妹から学ぶべきことが多いですが、ムスリムもキリスト教徒として育った人々から学ぶことの出来る分野は沢山あると感じます。インシャー・アッラー、私は自分があの改宗の日を決して忘れないことを願います。というのも、世界が突然無色から色彩豊かなものに変化したような気がしたからです。それが可笑しな主張だというのは分かっていますが、私が経験した変化を説明するにはこれ以外の表現は思い浮かばないのです。物事は異なる様相を見せ、匂いは変わり、音も違って聞こえました。本当に、それを文章にすることはとても困難なのです。



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